ジャパンダイジェスト

東日本大震災から10年 オメラスとフクシマ

今年1月、原発事故に詳しい芸人のおしどりマコ・ケンさんのオンライン講演会に参加した時に、「オメラス」のイメージが頭に浮かび上がりました。オメラスとは、小説『ゲト戦記』で著名な作家アーシュラ・K・ル=グウィンが描く短編『オメラスから歩み去る人々』に出てくる美しい自然に恵まれた架空都市です。

オメラスには戦争も飢餓も身分制度もなく、誰もが幸せに暮らしています。しかし、このユートピアのような都市が抱える唯一の欠落は、街の地下室に閉じ込められている一人の子どもの存在。住民たちは、子どもを閉じ込めておくことが理想郷を保つ条件だと信じ、誰もその子を解放しようとしません。そしてオメラスの子どもたちは、適齢期になると地下室に連れて行かれ、地下室の子どもの存在を教えられる……世の中の不公平を知った時にどういう選択をするのか、考えさせられるストーリーです。

広報担当者に352名分の署名を手渡す広報担当者に352名分の署名を手渡す

先述のオンライン講演会では、原発事故の影響による子どもの甲状腺がんが取り上げられていました。子どもの甲状腺がんの増加はチェルノブイリ原発事故の際にも報告されており、健康調査の重要性は明らかです。しかし、福島県外の子どもや2012年3月以降に生まれた子どもは調査対象とされていません。また甲状腺がんと診断されても、特定の病院以外で診察を受けた子どもの数は統計に含まれておらず、健康被害が実際のところどれほどか、見えにくくなっています※。潤沢なエネルギーを享受する代償として、健康に不安を抱える子どもたちの存在は、オメラスの地下室の子どもの姿と重なるように感じました。

3月11日、友人たちと車でザルツギッターへ向かいました。車中でマスクをしながら会話を交わすのは、「チェルノブイリとフクシマ以後の未来」というプロジェクトで出会った仲間たち。そしてドイツ国立放射線保護庁に到着し、「フクシマとオリンピック2021の過小評価への抗議」という署名を提出しました。同庁は昨年に「福島市の放射線量はスポーツをする人でも安心できるレベルまで下がっている」というプレスリリースを公表。それに対して、僕たちは「アスリートと旅行者の被ばくは避けるべき」というバナーを掲げました。

「意図的な過小評価のないプレスリリースを新たに発表すべき」と書かれたバナー「意図的な過小評価のないプレスリリースを新たに発表すべき」と書かれたバナー

2022年末までに脱原発を掲げるドイツは、放射性廃棄物の処分場の選定や、脱石炭政策などの問題も抱えています。今回の署名提出に参加して、市民の動き一つひとつが、政策決定の透明性につながる大切なものだと感じました。僕はスポーツの祭典に異議はありませんが、その実現のために原発事故の被害を過小評価する動きには反対です。原発事故から10年経ちましたが、日本ではいまだ「原子力緊急事態宣言」は解除されていません。

※原発事故による健康への影響については諸説あります(編集部)

国本隆史(くにもと・たかし)
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
takashikunimoto.net
 
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