ジャパンダイジェスト

絶品の生クリームやバター 独自の道を行くバンゼ農場

大量生産のため、乳牛は最大限に乳が出るよう改良され、牛の腹はタンクのように大きくなり……というように、乳牛に対する搾取はとことんまで進んでいます。熾烈な価格競争のために牛を苦しめ、あくせく働くことでしか成り立たない酪農とは、一体何なのだろう。そう考え、独自の道を拓いたのがバンゼ農場(Bauer Banse)です。集団飼育による大量生産をやめて、質を追求する独自の戦略でビジネスを成功させました。ハノーファー各地の朝市で乳製品を直売し、そのおいしさからリピーターが増え続けています。

ヨアヒム・バンゼさんヨアヒム・バンゼさん

かくいう私もその一人。バターは濃厚で力強い味ですし、生クリームはきめ細やか、かつどっしりとして他の追随を許しません。牛乳は封を切って数日で酸味が増し、生クリームも匂いが強くなり粘ってきますが、これは自然なこと。腐っているわけではなく、パスタソースやスープにしておいしく食べられます。

ハノーファー郊外にあるバンゼ農場の歴史は15世紀にさかのぼります。以前は多くの牛やニワトリを飼育し、乳製品のほかに卵や牛肉も製造してきました。しかし酪農業界は価格競争を受けて、いかに安く大量生産するかを強いられてきます。牛を狭いところに押し込めて人工飼料を与え続けると、病気になってしまうことも。牛が苦しみ、薬が必要となり、牛乳は薄くておいしくありません。

朝市で牛乳を手にするバンゼさん朝市で牛乳を手にするバンゼさん

農場主のヨアヒム・バンゼさんはそんな状況に疑問を感じ、2008年に思い切って牛の数を減らしました。現在は70頭の牛が、自家製の牧草とビール工場からのマルツの残滓を食んでいます。牛乳の生産量は、一般的な農家が同じ牛数で生産する場合と比較して40%減となりましたが、牛は健康になり、牛乳は本来の味を取り戻しました。バンゼさんも牛の顔を見るのが楽しくなり、世話も楽になったといいます。そしてバターやヨーグルト、生クリーム、モッツァレラチーズなどを職人的手法で丹精こめてこしらえ、朝市での直売に切り替えました。

バンゼさんは「消費者の顔を見ながら牛や牛乳について説明し、価値を分かってもらうことができる。やりがいが増した」と話し、高級レストランや社員食堂などもバンゼ農場の商品を買い付けに訪れます。また年に一度、農場を開放して消費者との交流も行っています。今の課題はプラスチック容器をエコなものに替えることで、専門家と議論しているそうです。

エサを食む牛たちエサを食む牛たち

またバンゼ農場では、一口500ユーロで毎年7%の利子が付く「味わい証書」を発行しています。いわゆる出資を募るもので、5年たつと元金は全額戻り、利子分は商品券になるという仕組み。消費者が地元の酪農家を直接支援することができます。このような農場が続くことで、私たちの食卓、ひいては社会生活を豊かにしてくれているのだと感じます。

バンゼ農場:www.bauerbanse.de

田口理穂(たぐち・りほ)
日本で新聞記者を経て1996年よりハノーファー在住。ジャーナリスト、法廷通訳士。著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか(学芸出版社)』、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿(光文社新書)』、『夫婦別姓─家族と多様性の各国事情(筑摩書房)』など。
 
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