エルベ川に架かるアルベルト橋(Albertbrücke)からは、ドレスデンの旧市街のシルエットを一望できるため、ここではいつも多くの観光客が写真を撮っています。橋の上から旧市街を見ると、向かって左側に一段高くなったブリュールのテラスがあります。それを支える石積みの壁は脇役に過ぎず、通行人は誰も気に留めませんが、今回はこの石積みの壁が主役です。
秘密の入り口のようなドレスデン要塞への扉
この壁は、ドレスデンが市壁に囲まれていた過去の姿を現在に伝える雄弁な片鱗。年中絶えず賑わう聖母教会周辺の隅の壁に1枚の鉄の扉があり、その横に「ドレスデンの要塞(Festung Dresden)」と書かれた看板が立っています。この看板がなく扉が閉まっていたら、おそらく誰もこのドアの向こう側に広がる世界を想像できないでしょう。扉を開けると、一気に16世紀のドレスデンへタイムスリップ。入り口から続く石の階段を下りると、かつての市門の前に立っていることになります。このスポットを楽しむコツは、現在地がかつての要塞のどの位置に当たるかを案内図で確認することです。
要塞は、1545年から10年間にわたって建設され、その後1569年に行われた最初の拡張工事で市門や跳ね橋が付け足されました。この部分は要塞の北の端に相当します。さらに、1589年から1593年にかけて2回目の拡張工事が行われ、拡がった要塞が市門やそのすぐ先の跳ね橋を中に抱きこむ形になりました。
市門の二重扉。その向こうに跳ね橋がある
市門は二重扉になっていて、中央の大きな門は馬車用の通路で、両脇の小さな門は歩行者用です。市壁や要塞に囲まれたほかのヨーロッパの都市と同様に、夜間は扉が閉まり、跳ね橋が上げられて市内に入ることができませんでした。大きな門といっても馬車1台が通れるほどの幅で、この程度で交通を裁けていた時代は、橋の建設をめぐり大騒動が起きている現代とはケタ違いに思われます。
市門に続く広い空間は、樽の保管倉庫や大砲置き場として使われていました。壁に等間隔で付いている狭い窓は、拡張工事以前の要塞の端に当たり、そこからエルベ川を望むことができます。一番奥まで進むと同じように等間隔で窓があり、その向こう側には見慣れたエルベ川と前面道路が見えて驚きました。そう、ブリュールのテラスの下にある石積みに付いている小窓はこれだったのです。見学ルートの最後になりますが、橋の架構アーチの脇を通って最初の市門に戻って来る際は、16世紀の人々が橋、そして跳ね橋を渡って市門をくぐった様を疑似体験できます。パンフレットで謳われているように、まさに「予期できない、ミステリアスな」場所です。
横浜出身。2005年からドレスデン在住。ドイツ人建築家の夫と娘と4人暮らしの建築ジャーナリスト。好奇心が向くままブログ「monster studio」公開中。
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