ドレスデンを訪れたゲーテは、かつてヨハネウム(現交通博物館)の壁に三列に並べて掛けられていた絵画を見て「私のこの驚愕は言葉に言い表せない」と感動を伝えています。ラファエロ作「システィーナの聖母」やジョルジョーネ作「眠れるヴィーナス」、クラナッハ父子の一連の作品など至宝ともいえる絵画は、その後19世紀に美術館へと改修されたツヴィンガー宮殿内のアルテ・マイスター絵画館に所蔵され、現在では年間50万人の来館者たちを魅了しています。
世界中の多くの美術館が、改修後には白い壁やガラスを多用したモダンな空間や展示方法に変貌していく中、アルテ・マイスター絵画館はオープンした19世紀の空間および展示方法をそのまま保持しています。19世紀に内部の様子を描いた絵がありますが、現在との違いは来場者の服装のみで、置かれている長いソファまで同じです。しかし、バリアフリーの整備、現在の安全基準や防火規定への適合の必要性、空調や照明など室内環境の整備のために全面的な大改修が現在進行中です。
第一期は東側の翼部を全面的に閉鎖して西側の翼部のみで展示が行われ、今年に入って新たに生まれ変わった東側の翼部がお目見えし、今度は西側の翼部が改修中になっています。東側翼部の1階は数年前まで武器博物館でしたが、これらはレジデンツ城へ移動されました。
地下のチケット売り場から東側翼部の1階に直接通じる新たな真っ白な通路が完備され、目下そこが入り口となっています。薄暗かった武器博物館の内部は、既存の古典的な装飾や色を踏襲しながらも現代の照明器具や展示壁を導入。エレベーターを備えた階段室は白ベースでモダンですが、2階部分はほぼ既存の状態を維持しています。
チケット売り場から通じる新しい階段とオープンした南側翼部
改修中の西側翼部との境目には「完成後の眺め」が描かれた垂れ幕が下がり、ユーモアある演出に拍手です。別の展示室への通路の壁には外の風景が見えるようにガラスのスリットが挿入され、自分の位置が分かると同時にゼンパー・オーパーやケンピンスキー・ホテルの優雅な姿がちらっと見えるという小さなお楽しみがあります。一巡すると、改修計画に携わった人々の試行錯誤や挑戦、そして成功と失敗が見えます。保存や改修と一口にいっても既存部分の残し方や残す割合や方法は千差万別。大議論は付き物ですが、次の世代へ渡していくという熱意はどこも一緒です。
改修工事との境目の垂れ幕に、完成への期待が高まります
さて、爆撃後再建されたドレスデンは何かと「テーマパークのよう」とやゆされますが、1963年に再建されたツヴィンガー宮殿はすでに半世紀を過ぎました。1719年に落成式が行われたツヴィンガー宮殿は築226年で爆撃されましたが、あと173年で本来の建物の年齢を超え、いずれはるかに年数を重ねていくことでしょう。月日の長さの圧倒的な存在感が将来示されることを期待しています。
横浜出身。2005年からドレスデン在住。ドイツ人建築家の夫と娘と4人暮らしの建築ジャーナリスト。好奇心が向くままブログ「monster studio」公開中。
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