ロシュヴィッツ地区のエルベ川にかかるロシュヴィッツ橋、通称「青い奇跡の橋」から延びる坂道は、両側に邸宅が立ち並ぶ緑あふれる場所です。その中ほどにある黄色い小さな家、これが「シラーの小さな家(Schillerhäuschen)」です。詩人であり劇作家でもあったシラーの仕事場として、戯曲「スペイン王子ドン・カルロス」や、ベートーヴェンの交響曲第九番の歌詞「歓喜の歌」が執筆された建物だといわれています。
小さな家の外観
説明するまでもなくフリードリヒ・フォン・シラー(1759-1805)は、ゲーテと並んでドイツの古典主義を代表する作家で、彼は1785年9月から約2年間ドレスデンに滞在していました。その才能に比例せず、シラーの実際の生活は困窮極まるものでしたが、そのような彼を経済的に助け、生涯にわたる理解者およびパトロンとなったのが、当時ライプツィヒに住んでいたクリスティアン・ケルナー(1756-1831)と、その友人たちでした。
当時、マンハイムに住んでいたシラーは、ケルナーたちから熱烈なファンレターをもらいます。その後しばらくたってから、いよいよ生活がひっ迫したシラーは、わらにもすがる思いで彼らに連絡をとってライプツィヒに行き、歓迎されました。その後ドレスデンへ移り、エルベ川沿いのコール広場(Kohlmarkt)に面したケルナーの邸宅に身を寄せました。この建物は1945 年の爆撃で破壊されましたが、現在ではホテルと日本宮殿の間の小路に、住居跡の記念碑が立っています。
ケルナーは、「青い奇跡の橋」のすぐ西側にぶどう畑のある広大な敷地を所有しており、エルベ川に面した家を夏の別荘として利用していました。「シラーの小さな家」はその斜面の上にあります。かつては木々もなく、眼下にはエルベ川に向かって続くぶどう畑が広がっていました。
昨年の夏、この家の修復工事が終了し、博物館としてオープン。イースター後から9月までの期間限定で見学できるようになりました。大きな私有地の中にあるので、しばし住人の生活を垣間見つつ、狭い石の階段を上ります。部屋に入ると小さな暖炉が一つ。窓からは目の前の坂道を見下ろし、反対側の窓とテラスからはぶどう畑とドレスデンの街並みが見えます。仕事用のテーブルを置いたらそれだけでいっぱいになりそうな空間です。
展示物のある室内の様子。左のソファの後ろが暖炉
小さな家ですが、ある画家が描いた絵の「シラーが住んだケルナーのワイン畑にあるパヴィリオン」という説明書きによって、この家はシラーゆかりの地となりました。実は、そう言い伝えられているだけで学術的な調査や裏付けはゼロです。どれくらいシラーがこの家を利用したのか、そして、ここで作品を執筆したのかは想像の域を出ませんが、夢のある可能性としていつまでも大切にしてもらいたいと思いました。
横浜出身。2005年からドレスデン在住。ドイツ人建築家の夫と娘と4人暮らしの建築ジャーナリスト。好奇心が向くままブログ「monster studio」公開中。
http://yoyodiary.blog.shinobi.jp/